03 : on the way home

 こうなると、黙っていないのは女子たちである。いざ立食パーティーがはじまると、遠坂はじわじわと距離を詰めてきた彼女らに取り囲まれた。色とりどりのドレスも相まって花に群がる蝶のよう……といえば聞こえはいいが、つまり獲物を狙う狩人だ。
 中身は変わっていないのかも、と思ったおれの直感は果たしてただしかったと見える。遠坂は女子に詰め寄られれば詰め寄られるほど、たじたじになっていった。
 いっそ哀れである。
 彰一も同じことを思ったらしく、
「なあ葉介。あいつ、迎えに行かね?」
 そう申し出てくる。おれはうなずき、いっしょになって遠坂のもとへ向かった。
「なあなあ、遠坂ひとりじめすんのやめよーぜ」
「うわあ野上じゃん。なによ、邪魔しないでよ」
「男は男でつもる話があんだよ。な、いいだろ?」
 彰一が女子と軽口を叩きあっている。と、横目で目配せされたので、おれはいまのうちに遠坂を連れ出してしまうことにした。
 遠坂のすぐそばに寄り、スーツのすそを引っ張る。彰一と女子の会話を見守るばかりになっていた彼は、そこでようやくおれに気がついたようだった。目が合うなり、赤面するほど驚かれる。
「にっ、仁奈川……」
「こっち」
 なにもそんなにびくつかなくても。そう思いつつも、おれはもと陣取っていた場所まで遠坂を引っ張っていく。横に並ぶと、やっぱりずいぶん背が高かった。百七十センチに届いたあたりで成長が止まってしまったおれよりも、ゆうに十センチは高いのではないだろうか。
 いっしょに飲んでいた仲間のところに連れ帰ると、歓声で出迎えられた。
「出たな色男」
「別人じゃん遠坂、いったいどうしたんだよ」
 その変わりようから、話題の中心になることは避けられないようだ。とはいえあの女たちを相手にするよりはましだろう。
 じっさい、そんなおれの考えはただしかったらしい。野郎どもはすぐに遠坂の顔かたちへの興味を失って、もとどおりのバカ話に戻る。ほっとした色が、気弱そうな表情のなかに浮かんだ。
 そのあと戻ってきた彰一をまじえて飲み食いし、なんやかんやと騒いでいたのたが。
 ひとつ気にかかることがある。
「おれ酒もらってくるけど。遠坂なんかいる?」
 空になったグラスを握りしめたままでいる遠坂に声をかけると、びくんと体が跳ねた。
「あ、あの、ええと……」
「せっかくだしなんか飲めば。酔ってんならノンアルでもさ」
 酔いのためなのか遠坂は顔を真っ赤にして顔を背けている。わななく唇からは意味をなさない声がこぼれるばかり。
 さっきからずっとこんな調子だ。彰一やほかの男たちにはずいぶん慣れた様子があるのに、どうしてかおれとは会話が成立しない。
 ……おれ、なんかしたか? 怖がらせてる?
 訝しめばそれだけ遠坂は萎縮した。そのうちなんくれとなく距離を取られ、理由も聞けないまま一次会はお開きになった。
 意外にも遠坂は二次会にも顔を出した。酔ってたがを外している旧友たちの姿にあきらかに戸惑っているのに、だ。居酒屋の個室のすみのほうで所在なさげにしているから、おれの隣のスペースに呼び寄せようと手を上げた。
「遠坂、こっち……」
 しかし遠坂は、おれと目が合うなり弾かれたようにその場を逃げ出し、遠く離れた卓についてしまう。
 決定的だった。おれは、遠坂日羽に避けられている。

 二次会が終わるころには時刻は零時をとうに過ぎ、終電や終バスで帰る連中が早々に散っていった。彰一もそのなかの一人で、春休みに帰省したらまた会う約束をしてから別れた。
 朝まで飲み明かそうというやつらもいるようだが、いまいち気が進まない。
 おれは駅前からそこそこ家が近いので、のんびり歩いて帰ることに決めていた。真夜中の冷気は厳しいが、酔って火照った肌にはどこか心地良い。街灯もろくにない田舎町だが、つもった雪のせいであたりはうすぼんやりと明るかった。
 路肩をゆく人影が目に入る。ふらふらと危なっかしく前に進んでゆくその人物は、遠坂だった。少しためらったが、同じ方向なのに別々で帰るのもかえって居心地が悪い。後ろから追いついて話しかけた。
「遠坂もこっちだっけ」
 赤らんだ顔が驚きに染まる。
「に、仁奈川……っ」
 遠坂はなんだかよくわからないが慌てだした。その姿が肉食動物から逃げるガゼルさながらで、おれはふくれてしまう。こちとら平均的な草食系男子だ。取って食いやしない。
 いつかは三輪から助けてやったこともあったのに、感謝されこそすれ怖がられるいわれはない。などと恩着せがましいことを考えてしまうけれど、ようは単純にショックだった。酔いのせいもあって、なんだかどんどん熱が上がってくる。
「なんだよ、おれなんて相手にする価値もないってか。ずりいよなあ、そんなにかっこよくなっちゃって」
「そ、そんな……仁奈川のほうがかっこいいよ」
「お世辞はいいって」
 こちらの様子をうかがってくる顔は、憎たらしいくらいに美しい。まつげなんか、ばしばしに長かった。こんな顔の男にかっこいいって言われたってぜんぜん嬉しくない。
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