02 : the ugry duckling

 二十歳過ぎればただの人、なんてことばがあるが、おれはまさしくそのタイプだと思う。早熟だったから、小学生のときなんかはよかった。顔も悪くないし、まわりに比べれば背が高かったから必然的に運動も有利で、女子にもまあもてた。だけどあるとき成長が止まってからは、かろうじてあった輝きが失われていったように思う。
 運動も勉強もそこそこ。取り柄らしい取り柄はない、器用貧乏ってやつだ。二十歳を迎えた仁奈川葉介は、どうにもぱっとしない男だった。東京の大学に進学して、なんとなく彼女を作って、バイトとてきとうなサークル活動に精を出している。
 そういうわけで、成人式後に開かれた小学校の同窓会は、嬉しいような、一抹の焦りを感じさせられるような、複雑な気分で迎えることになった。
「葉介」
 久しぶりに帰った故郷の町は、雪で白く染まっていた。おれは白い息を吐きながら待ち合わせの相手を振り返る。彰一。高校までつるんでいたおさななじみである。やつは地元の大学に進学したので、こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。
「盆休みぶりだなあ葉介。元気だったか?」
「まあぼちぼち」
「お? なんだ、浮かない顔だな」
 連れ立って会場に歩き出しながら、おれはマフラーに顎をうずめて答える。
「彼女とケンカした」
「へえ、そりゃ大変」
 つい数ヶ月前できた彼女とは、早くも噛み合わなくなりつつあった。わがままなのだ。付き合いたてのときはそれがかわいいと思えたのだけれど、しだいに自己中心的なところが目につくようになっていた。
「それにこのところ、ちょっと疲れててさ。相乗効果でイライラしちまって」
「バイトのしすぎ?」
「も、あるけど……」
 おれは少しためらってから、口を開いた。
「妙な気配を感じるんだ」
「なにそれ。ストーカー? ずいぶんと物騒なとこだな、東京って」
 彰一は目をしばたいた。男なのにストーカーなんて、と言いたげな顔だ。おれもそう思う。気のせいなのだと何度も思おうとした。
 だけど、たとえば真夜中にバイトを終えて帰路につくさなか。だれかにつけられているような気がしてしかたがないことがある。気づいたのは一ヶ月ほど前、こういうのは一度気になりだしてしまうと際限がない。まさか、いやもしかして、そのくりかえしで少しばかり疲れていた。
 気のいい旧友は、暗い顔をするおれの背をぽんと叩いた。
「ま、今日ぐらいはなにもかも忘れて楽しめよ。やっと合法的に酒が飲めることだしな」
「……だな。悪い、久しぶりに会うのにへんな話して」
「いいってことよ」
 そんな話をするうちに、一次会の会場である駅前のホテルにたどり着いた。ロビーを入り受付を済ませて、こぢんまりとした一室に入ると、もうずいぶん人が集まっている。
「お、彰一。そっちは葉介か」
「久しぶり!」
 高校や中学ならともかく、小学校時代の友人となると記憶が薄れている。おれは頭のなかでかつてのクラスメイトたちの名前をこねくり回しながら、呼びかけてきた男子たちの輪に入っていった。
 見回せば、男子はスーツ、女子ははなやかなドレスで着飾ってそれぞれ数人で固まっている。そうそうこんなやついた、という顔もちらほら。……あの巨体のガラの悪いのは、ガキ大将やってた三輪か? 変わっていなくてびっくりする。
 にしても、三輪、か。
「そういやさ、途中で転校したやつってどうなってんの」
 おれはさりげなく、そんな疑問を口にした。三輪を見ていたら、いつかのことを思い出したのだ。遠坂日羽を、はからずも助けた日のこと。
「どうだっけ、長谷。おまえ同窓会の係だろ」
「転校した、って……ああ、遠坂のこと? それなら連絡とったし、来るって返事があったよ」
 来てる、のか。少し意外だった。おれのおぼえている遠坂は内向的で、こういう場所に出てこない人間の筆頭なような気がする。
 おれはなんとなく、視線をはしらせて遠坂をさがした。いつか日陰の道で見た、頼りなげな細い姿。顔立ちは女の子じみて可憐なところがあった。
 それらしい人物は、見当たらなかった。けれど壁際に立ち尽くしているひとりの男と、ばちんと目が合う。部屋の隅で小さくなっているが、ずいぶんな美形だった。さらりとひたいを隠す黒髪、くっきりと通った鼻筋。長身で、身にまとっているスーツごしにもしなやかな筋肉の所在が知れる。
「だれだ、あれ」
 あんなイケメン、いたっけ。彰一も気づいたらしく、揃って首を傾げる。と、そのとき、男がふっとおれから視線を逸らした。
 伏し目の、臆病そうな表情。
 まさか、と思う。
「……遠坂?」
「え、遠坂? 遠坂って、遠坂日羽?」
 彰一は驚いて目を凝らした。おれもじっと見つめる。彼は視線から逃れるようにうつむいたが、そのしぐさこそに面影がある。驚いた。あいつは遠坂にまちがいない。
 おれたちの会話に気づいて、いっしょに円になっていた旧友たちも遠坂に目をやる。そしてそのだれもが、遠坂の変わりように驚いた。
 むりもない。よくぞここまで化けたものだ。しぐさからして中身は変わっていないのかもしれないが、かつて“ひよわ”と揶揄されたいじめられっ子の姿はそこにはない。女顔は端正さだけを残してなよやかさがなりをひそめ、代わりに凛々しさが加わっている。引き締まった肉体といい、偉丈夫といってもいい……表情さえもう少し覇気があるのならば、だが。
「そうか、遠坂はみにくいアヒルの子だったのか」
 あっけらかんとした彰一の感想を聞く。みにくい、ってそりゃ昔の遠坂にあまりに失礼じゃないのか。……だけど、あながちはずれていない。成長した遠坂は、たしかにあのころとは比べものにならないくらい魅力的なのだから。
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