おまえの息子は厚かましすぎる。教育的指導を頼みたい。
 そう、晴穂に電話したのがつい先日のこと。敬愛すべき姉からの返答は、こうだった。
 いいじゃない。どうせ部屋は散らかってるしシワの寄ったシャツ来て学校行ってるんでしょ。男やもめに蛆が湧くってこのことよね、苦手な家事をやってもらえるなら万々歳だわ。
 あの山岳部の遠足を経て、尾上大志は開き直ったようだった。ある休日、突然綾瀬のアパートに押しかけてきたかと思うと、「うわあ、すっごい散らかってるね、洗濯物も溜まってるし」だなんて感想を漏らしながら、当然のように家事をはじめたのだ。
 ようは押しかけ女房である。はじめは週末だけだったのが、さいきんでは仕事を終えて帰ると、いる。どこかになくしていた合鍵を、部屋の片付けのときに見つけてちゃっかり自分のものにしたらしい。扉をあけるとふんわり出汁のいいにおいが、なんてこともざらになった。
「昭久はさ、お世話されるほうが向いてるよ」
 にっこりと笑って、大志はそう言う。余計なお世話だ、と言いたいが、一人暮らしにまつわるあれこれが甲斐性なしの自分に向いていない自覚はあった。なにも言えずに、出汁のきいた味噌汁をすすり、好みにぴったりの少々やわめの白米を口に運ぶ毎日である。
 そんな日々か一ヶ月も続いたある日、綾瀬は夕食の席で言った。
「……男同士ってのは、まあいい。百歩、いや一万歩譲って、叔父と甥ってのもこの際、いい。けどな、教師と生徒でいるうちはこのままだ」
 釘を刺したつもりだった。けれど、歳の割によくできすぎている甥は、むしろ目をきらりと輝かせた。
「十分だよ。おれ、尽くすタイプだから。三年ぐらいすぐだ」
 はあ、と綾瀬はため息をついた。これはもしかしたら、外堀を埋められているのかもしれない。
 だけどだれが抗えようか。相手は十年も自分のことを好いていて、わざわざ同じ高校を選ぶくらいで、そのために一人暮らしまでしている。炊事洗濯掃除はいつ嫁に行ってもいいくらい完璧、背は高くそこそこに見目もいいので女子にもてる。あとついでに言えば英語だってぺらぺらなのだ。平気で足を舐められるような変態臭さはマイナス要素にせよ、この歳までふらふらとのんきにしていた綾瀬に太刀打ちできるわけがない。
 時間の問題。そんな言葉が脳裏にひらめいて、綾瀬はぶんぶんと首を振るのだった。

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